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山内マリコさんの著書

Re:Ron連載「永遠の生徒 山内マリコ」第6回【エッセー編】

 2011年の東日本大震災のあと、それまで住んでいたアパートから引っ越しをしたとき、住所と一緒にメールアドレスも新しくなった。いまも使っているメーラーを立ち上げると、受信ボックスのトップに来るのは山本文緒さんからのメールだ。

 文緒先生はそのメールで、本題とは別に、出版業界のある事情について、わたしに教えてくださっている。変な慣習かもしれないけれど……という断り書きのあとで並ぶのは、こんな内容だ。作家は担当編集者を、基本的には選べないこと。出版社から充てがわれた担当者とやってゆくしかないこと。担当者が“はずれ”だということはこの先も起こりうること。それは覚悟しておいてと。直木賞作家となってからの文緒先生ですら、そういうことはあるという。「いまはこれが現実です」と、諦観(ていかん)のような言葉も添えてあった。

 文緒先生はわたしが応募した小説新人賞で、選考委員を務めていらっしゃった。本来なら選考委員の先生と、受賞しただけで当時まだ作家デビューしていない身だったわたしには、接点なんてあるはずはなかった。それが、受賞者の仲間内で作った震災チャリティー・アンソロジーに文緒先生が参加を希望されたことで、お会いする機会が生まれた。

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 わたしは担当編集者とうまくいかず、新人賞を受賞して3年経ってもデビュー作が出せていなかった。そのことに非常に追い詰められているのを知った文緒先生が、わざわざ時間を作って編集部の人に相談してくださったのだ。その中間報告のメールだった。

 あの頃のわたしは、担当編集者とまったく意思疎通をはかれず、完全に膠着(こうちゃく)状態に陥っていた。「原稿が書けたら送って」の言葉だけを頼りに、書いては送り書いては送りをくり返すも、担当編集者からは「拝受しました」のそっけない返事が来るだけで、その先へはいっこうに進まなかった。

 本当に、手も足も出ない状態…

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